他人を受け入れない空間。
しかし、家族にとっては非常に居心地の良い空間。
それがローランディア宮廷魔術師親子の研究塔だった。
そこを訪れたのは一人の少年。
言うまでもなく、研究塔の主サンドラの養子ティルムである。
彼がここを訪れた理由は、ある人物に関することであった。
「ウォレスの魔法の眼を見やすくするのですか?」
「ああ。さすがに将軍様となれば少しでも見えた方がいいだろ?どうにかなんないかな、とおもってさ」
「・・・・・・そうですね、方法がないわけではありませんが」
サンドラから出た言葉は、普通であればはっきりいって不可能なことであった。
だが、幸か不幸かティルムにはその心当たりがあったのである。
「ありがとう、母さん。・・・・・・ああ、このことオッサンには黙っといてくれよな」
「はいはい」
微笑ましい親子の会話。
これが全ての始まりである。
そのことにサンドラは気づいてはいなかった。



迷宮の彼方に 〜前編〜



もうすぐ36歳も終わりというころ、ローランディアの将軍様には気にかかることが一つあった。
最近、英雄騎士が休暇明けに生傷を作ってくることが多い。
どうやら何かしているようなのだが、それが何なのかはさっぱりわからない。
集めた情報によれば、彼は休暇中はずっと彼の領地、ヘデンにいるらしい。
あの穏やかで平和なヘデンで何をしてたら傷を作るというのだろうか。
良い領主であるティルムにヘデンの民が危害を加えるということもない。
そもそも並みの相手が『グローランサー』と喧嘩をするだろうか?
その可能性は極めて低い上に、彼が怪我をするような相手はそうそういない。
仮に隣国のIK辺りが喧嘩にくれば、双方ともにそれなりの怪我をするだろうが、IKはそんな暇人ではないし、ティルムに喧嘩をする理由もない。
IK陣とは仲がいいのだ、非常に。
ならば、彼が傷つく理由はなんなのか。
考えていると、あることを思い出した。

『ダンジョンマン』

確か以前に一度だけ彼の世話になったことがある。
フェザリアンにある特殊なダンジョンを任された男。
一体それがどんなところなのか、興味と資金集め、経験値稼ぎにあのダンジョンへと入った。
・・・・・・はっきり言って、何もないところだった。
同じようなフロアがいくつも並んでいる空間。
そして、どういう構造かはわからないがフロアを渡るたびに捻じ曲がる空間。
リーダーであった少年が『面白くない!!』の一言で脱出したのだ。
それ以来、あの男の存在など忘れてはいたが、考えてみればまだヘデンにいるはずである。
「まさかあいつ、一人であのダンジョンに入ってるんじゃないだろうな」
否定の言葉が口をついてきても、それを肯定する要素しかない。
ほぼ間違いなくウォレスの予想は当たっているのだろう。
一体何をしに行っているのかは知らないが、彼がもし一人になりたいと思えば、あの場所ほど手軽で確実なところはない。
その考えが間違っていることを祈りながら、あの少年の領地へと向かった。
少年は今も休暇中である。
普段ならば居住所となっている領主館にいるはずである。
「ウォレス殿?いかがなさいました?」
突然訪れたウォレスを迎えたのは元管理人で現執事の青年。
いささか驚いた様子ではあるが、それでもきちんと対応しているあたり流石、といったところか。
ウォレスがヘデンの領主館を訪れるのは珍しいことではない。
休みには必ずと言って良いほど訪問していたし、泊まる事も多かった。
だがそれは全てティルムがいるときである。
今、ティルムは館にはいない。
主が不在の館にくることはなかった。
そして執事である青年自身、主が休暇中に出かけるのはウォレスのところに行っていると思っていたのだ。
そこにウォレスが一人でくれば当然驚く。
「あいつに話があるんだが、いねぇようだな?」
「ええ。ティルム様は朝早くにお出かけになられてから帰られておりません。てっきりウォレス殿とご一緒かと」
「ということは、行き先はしらねぇのか?」
返ってくる答えは予想の出きるものであったが、一応尋ねてみる。
案の定、青年は顔を曇らせながら首を横に振った。
「存じておりません。ティルム様は追求されることを酷くお嫌いですので」
この青年もティルムの傷のことは知っているのだろう。
だが、ティルムがそれを自分から話さない限り青年は問いただすことはしない。
ただ黙って主の怪我を手当てするだけである。
「わかった。俺が探してくる。必ず連れて帰ってくるから飯と寝床を頼む」
「承知いたしました。どうぞよろしくお願いします。お気をつけて」
深く深く頭を垂れる青年。
その姿がティルムをいかに心配しているかを物語っている。
そして何も出来ない彼自身のもどかしさも。
全てを託されたウォレスは足早に領主館を後にした。
向かう先は当然ヘデンの入り口。
そこには、いつも通りに立つ男の姿があった。
毎日毎日立ちつづけている男。
一体彼は、いつまでそこに存在しているのだろうか。
幾分疑問を感じるが、今はそれどころではない。
ウォレスはわき目も振らず、男の元に駆け寄った。
「おい、ティルムは入っているのか?」
「ああ。あんたも入るのか?」
「頼む」
聞かれた言葉に考える必要などない。
即答という早さで頷いたウォレスに、『ダンジョンマン』と呼ばれる男は高く手を掲げた。
その動作が何を意味するのか、そしてどんな効果があるのかはわからないが、男の行動をウォレスが認識した時には体は目的地へと運ばれていた。
相変わらずの無機質な空間。
同じフェザリアンの作った洞窟でも、フェザーランドにあったものや、時空制御塔はまだ温かみがあった。
無駄なものを好まないフェザリアンとはいえ、ここはそれの極度である様に思う。
全て同配色で全て同じ構造。
以前来たときは仲間達がいたが、それでもティルムはこの空間にすぐさま飽きた。
それなのに、今は一人でいるのである。
モンスターがいるということ以上に、この雰囲気がティルムにとって難関だろう。
「あの馬鹿はどこにいやがるんだ?」
特殊な空間になっているこの場所で人一人を見つけるのはたやすいことではない。
1フロア抜けるごとに空間が変わるのである。しかも先ほど言ったように全て同じ構造。
はっきりいって無謀とも言える。
しかし、だからと言って放っておくわけには行かない。
ウォレスは記憶と勘を頼りに進み始めた。


やっと14個目の転移装置を見つけたのは一体どれほどの時が流れてからだろうか。
だが、ここまでウォレスはその背中の剣を抜くことはなかった。
モンスターが一体としていなかったのである。
いや、いなかったというのは正しくないかもしれない。
いたが、全て屍と化していたのである。
この洞窟は以前に資金集め&経験値稼ぎとしてきただけにモンスターの住処である。
その大量のモンスターを全て倒した人物。
「あいつが倒していったということだろうな」
あるものは剣で真っ二つにされ、あるものは魔法で形も残らぬほどの消し炭となっている。
そんな芸当が出来る人間などはっきり言ってそうそういない。
しかし、いったいこのダンジョンはどこまで続くと言うのだろう。
はっきりってかなり飽きてきた。
ティルムを探すと言う目的がなければすぐにでも来た道を引き返すところである。
・・・・・・まあ、ここまで来て今更ということもあるが。
何回目になるかもわからない溜息をつきながら、たどり着いた転移装置へと乗った。
そしてもう慣れてしまった浮遊感の後に認識できたものは。
間違いなく探しつづけていた少年の背中だった。
「ティルム!?」
「・・・・・・ウォレス?なんでこんなところにいるんだ?」
心底驚いたような声と心底困ったような声。
一体こんなところで何をしているのかと思えば、2人の女性と話をしていたようで。
ウォレスは次第にふつふつとせり上がってくるものを感じていた。
「・・・・・・・・・・・何をしている、こんなとこで」
怒りを抑えるためか、その声音はいつも以上に低いものになっている。
しかしそれに返ってくるティルムの声音はいつも以上に暢気な声で。
「何って、買い物」
その内容も暢気なものだったから、ウォレスの怒りは頂点へと達していた。
少年の襟首を義手で無造作に掴んで、何故かここにいるダンジョンマンへと歩み寄る。
当然ティルムは引きずられる恰好になっているし、何事かわめきまくっているが、無視である。
「おや、脱出するのかい?」
そんな男の声に無言で頷くと、そこはもう見なれたヘデンの入り口であった。
「おい、ウォレス!!せっかく苦労してたどり着いたのに、なんでまた出てくるんだ!!」
「やかましい」
ウォレスの手から逃れようと必死にもがいているが、ティルムが力でかなうはずもなく。
結局暴れまくるティルムを襟首をつかんだウォレスが引きずっていくと言う形となっていた。
そのまま向かうのは少年の居住地であり、ヘデンの領主館。
安堵の笑顔を浮かべながら出迎えてくれた執事の青年に一つ頷くと、ウォレスはそのままティルムを離すことなく、少年の部屋へと入っていった。
部屋へ入るなりその手にあった荷物、ようするにティルムを放り投げた。
「いってぇ!!何しやがる、オッサン!!」
「それはこっちの台詞だ!!」
「んだよ!俺が休暇中にどこで何をしようとオッサンには関係ないだろうが!!」
「だったら傷だらけで帰ってくんじゃねぇ!!大体なんで一人であんなところに行ったんだ!!」
お互いに怒鳴りあっていたが、ウォレスの一言にティルムが途端に黙り込んだ。
そのまま視線を合わさないようにそっぽ向く。
少年のそんな行動は非常に珍しいものがあったのだが、ウォレスはそれに気づけるほど冷静ではなかった。
「何をしていたと聞いてるんだ!」
ウォレスは本気で心配していた。それゆえの言葉であったのだが、ティルムの言葉は拒絶するかの響きがあった。
「・・・・・・・・・・・・ウォレスには関係ない」
事実、ウォレスは拒絶されたと思った。
『関係ない』
その一言がウォレスの怒りを消し去った。
怒りゆえに握り締めていた拳がゆっくりと開かれる。
「・・・・・・・・・・・・ウォレス?」
「・・・・・・それはそうだな。もう俺はお前の保護者じゃねぇからな」
そう呟きを残して、ウォレスは部屋を後にした。
ティルムが驚いたような顔をして見ていることすらウォレスは気づいていなかった。
怒りも悲しみも何もない。
ウォレスの感情を占めていたのは、ただ空虚感だけである。




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