灯火


年若き領主の治める街エルフィナにある領主の屋敷。

執事長エルディナント=クレイス、56歳。彼は今、非常に困っていた。
主人であるウルが一向に戻ってこないからである。
少年が執事長である彼に何も言わずにいなくなるなど、ありえない。
ウルはこの心配性な執事に、出掛ける前に必ず一言残していく。
今日は『ちょっと散歩してくる』と言って出掛けて行った。
今までの付き合いと経験からすると―――
『ちょっと遅くなるから』=夕食は外食
『ちょっと実家に帰ってくる』=帰ってくるのは翌朝(朝食済)
『ちょっと散歩してくる』=夕方帰宅
『仕事で○日くらい留守にするからよろしくね』=帰りは○日後の夕方
『夜会に呼ばれてるから行って来るね』=ウォレス将軍同伴で12時頃帰宅
『ウォレスと出掛けて来るね』=問答無用で帰りは翌日
―――なので、夕方には帰ってくると思っていたのだが。
こうして夕食の時間をとうに過ぎているにもかかわらず、帰ってこない。
外出先で誰かと会ったにしても、そういう時は一度屋敷に戻って報告してくれたはずだ。

「ふむ。困りましたな…誰かを探しに行かせたほうがいいか…」

白髪交じりの顎鬚をいじりながら、溜息をつく。
と、そこにメイドの一人が現れた。

「執事長様」
「ウル様がお戻りになられたか?」
「いえ、ウォレス様がお見えになっております」
「――お一人で?」
「はい」

エルディナントは玄関へと向かった。
エントランスに立っているのは紛れも無くウォレスである。
仕事帰りなのか、軍服を纏ったままだ。

「これはこれはウォレス様。いかがされましたかな?」
「いや、特に用事があるわけじゃないんだが…ウルはいるか?」
「いいえ、御館様はまだお戻りになっておりません」
「そうか……」
「いつもでしたらもうお帰りになっている時間なのですが」
「行き先は?」
「存じません。『散歩へ行く』とは伺いましたが」
「散歩にしちゃ遅いな。」
「はい。今館の者を探しに行かせようかと思っておりました」
「だったら、俺が行こう。」
「よろしいのですか?」
「ああ。どうせ暇だからな」
「では、恐縮ですがお願いいたします。お気を付けて行ってらっしゃいませ」

ウォレスが屋敷を出て行くのを見送った後、エルディナントは夕食と客間の手配に取り掛かった。




「さて…どこから探すかな」

屋敷を出た後、ウォレスはまず領地から探してみることにした。
ローザリア街内にいなかったことは来る前に確認済みだ。
この街で少年の行き付けの場所というと…カフェ、ボート乗り場、公園くらいか。
だがこの時間であればボート乗り場とカフェは閉まっているはず。
だとすれば、公園か?
ウォレスは公園に向かって歩き出した。
辺りは暗いが、義眼に追加された暗視機能のおかげで特に問題は無い。
やがてすっかり人のいなくなった公園に辿り付いた。
ウルの名を呼んでみるが、返事はない。辺りを見回してもそれらしき人影は無かった。

「――仕方ない、一通り探してみるか」

そうしてくまなく歩き回って探すこと半刻。

「領地にはいないのか?だがローザリアにもいなかったしな……」

他に探すような場所はあっただろうか。
ローザリアでもなくエルフィナでもないとすると後はノーストリッジ方面に続く街道くらい――

「!あそこか?」

たった一箇所思い当たる場所があって、ウォレスは走り出した。





「――どうしよう…」

ウル=エイムガルド、17歳。
ローランディア王国名誉騎士にして特使の位を与えられている彼も今、非常に困っていた。
この日は久々の休日で、西の岬へ日向ぼっこ及び昼寝に訪れていた。
すっかり春の装いを見せる街や木々、暖かな光と温暖な気候は惰眠を貪るのに最適で、
ウルは心地良い日差しの中つい寝過ごしてしまったのである。
起きたら、夜だった。
いくらなんでも、寝過ぎだろう。
もし気温が下がって肌寒く感じていなければ、次の日までぐっすりだったかもしれない。
とにかく、夜になって少し寒くなったので、ウルは目を覚ました。
この暗さからして、結構な時間になっているだろう。
が、しかし、ウルはその場から動けずにいる。
近くの巨木の幹に引っ付くようにしてもたれながら、少年は僅かに震えているようだった。
何を隠そう、彼は暗所恐怖症である。
目が覚めたらいきなり夜で、しかも微妙に空が曇ってたりしちゃったもんだから
本当に真っ暗で怖くて動けずにいるのだ。
時空の歪みが修復され、大気中のグローシュが見られなくなり、それに伴って
夜は全くの暗闇と化してしまった。僅かに発光しながら空中を舞うグローシュは
どんな深夜でも僅かな灯りを提供してくれていたのだが、今はもうそれはない。
なので、ウルは極力陽が落ちてからは外出するのを避けていた。
仕事の関係で仕方ないときにはランプを持ち歩いていたので、辺りが全くの暗闇になる
ということも無かったのだ。だが、今はランプどころか松明も持っていない。
その辺の木の枝を折って燃やしてもいいのだろうが、せっかく春になって生き生きし始めた
木の枝を手折るのには抵抗があった。今ウルにできることと言えば、パニックに陥らないよう
懸命に意識を保つことだけだ。
昨日、徹夜なんてするんじゃなかった。
ていうかこんなところで昼寝するんじゃなかった。
後悔しても時既に遅し。
途方に暮れる少年は、このまま朝になるのを待つしかないかと覚悟した。
その時――――

「ウル、いるか!?」
「!」

こっちに歩いてくる人影。聞きなれたその声は、大切な人のもの。

「ウォレス……」

泣きそうな声で、ウルは呟いた。
本当なら走っていって飛び付きたいのだが、体が凍りついたように動かない。
呟いた少年の声は小さかったが、ウォレスがそれを聞き逃すはずも無く。

「ウル!」

ウォレスが駆け寄ってくる。
うずくまっているウルの姿を視界に捉えると、どこか怪我でもして動けないのかと
思ったが、とりあえず外傷もなさそうなのでそのまま手を引いて立たせた。

「何やってるんだ、こんなところで」
「散歩に来てて…昼寝してたら、夜になっちゃって…真っ暗で…」
「だったら尚更早く帰って来ないと心配するだろう」
「だって…怖くて」
「怖い?」
「俺、暗いとこ駄目なんだ……小さい頃から暗いところが苦手で、5歳くらいの時に―――
真っ暗な場所に閉じ込められたことがあって。それからは本当に…怖くて…」

ウォレスにしがみ付いているウルの手が震え出す。
余程暗い場所が怖いらしい。
このままこうしてしても仕方ないだろうと思い、ウォレスはウルを背に負った。
ウルはウォレスの首に腕をまわして、広い肩に顔を埋める。

「ウォレス」
「ん?」
「探してくれてありがとう…」
「気にするな。お前のとこの執事にも頼まれてたしな」
「エルディに?」
「ああ。」
「…エルディ、怒ってるかな」
「さあな。だが心配はしているようだったから、言い訳くらいはしとけよ」
「うん」

素直に頷く少年の身体がもう震えていないのを知って、ウォレスは安心した。

「しかし――お前が暗所恐怖症だとは知らなかったな」
「誰にも言ったこと、ないしね」
「何故だ?」
「だって、前はグローシュが飛んでたから…カーテン開けてれば、真っ暗になんてならなかったし」
「ああ、そう言えばそうだな…」
「…好きだったんだけどな。グローシュが飛んでるの見るの」

若干寂しそうに呟くウル。それは昔を懐かしむ声にも聞こえる。
やがて領地へと辿り付くと、ウルはウォレスの背から降りて歩き始めた。
街中は民家や店の窓から洩れる光のおかげで、街道よりははるかに明るい。

「エルディ心配してるから、早く行こう、ウォレス」

さっきまでと打って変って元気になったウルはウォレスの手を引いて走り出した。
やれやれと苦笑しながら少年の後に続くウォレス。
屋敷に辿り付くと、執事長エルディナントはランプを手に玄関に立っていた。

「エルディ!」
「おお、お帰りなさいませ、ウル様」
「もしかして、ずっとここで待ってた?ごめんエルディ…」
「いいえ。ウル様が無事でようございました。さぞお腹が空いたでしょう。
夕食の準備は整っております。それから、ウォレス様のお部屋の用意も」

にっこりと人当たりの良い笑みを浮かべて、エルディナントが言う。
ウォレスとウルは顔を見合わせ、少し照れたように笑った。
そして少し遅めの夕食を取った後、二人はいつも通りウルの私室で話をすることにした。
エルディナントが運んできてくれた酒を飲みながら、ウォレスはウルの話に耳を傾ける。

「――で、今度バーンシュタインに長期逗留することになったんだけど」
「長期ってどのくらいだ?」
「一週間くらいかな」
「そうか…一週間も会えないとなると、寂しいな」

ウルの頬が赤くなる。そして少年は首をかしげ、困ったように笑った。
これはこの少年の癖である。照れたりからかわれたりすると、首をちょっとかしげてはにかんだように笑う。
この笑顔が可愛くて、もっと見たくて、ウォレスはつい自分らしくない甘い言葉を掛けたりした。
本当は守る必要がないくらいに強い少年だ。だが、それでも、ウォレスはウルの傍にいたいと思う。
柔らかな微笑みも、優しい光を宿した金と青緑の瞳も、全てが大切でかけがえのないもので。

「夜寝るとき、暗いからって泣いたりするなよ」
「誰が泣くんだよ!」

早速先程知ったウルの弱みをネタにからかうウォレス。

「どうだかな。さっきだって泣きそうだったじゃないか」
「そッ、そんなことない!」
「嘘つけ。滅茶苦茶怯えてたくせに」
「う〜…ウォレスの意地悪〜…」

ウルが上目遣いに睨んでくるが、その様子がまた可愛いと思ってしまう。
ウォレスは笑ってウルの頭を撫でた。しかしウルは唇を尖らせそっぽを向く。

「ウォレスなんか嫌い」

もうすぐ18になるというのに、相変わらずの子供っぽさ。
だが、この子供っぽさは、ごく近しい者にしか見せないことも知っている。
ウォレスはウルの頬に手を添え自分のほうを向かせた。

「それも、嘘だな」
「うっ…嘘じゃない!ウォレスなんか嫌い!」
「好きの間違いだろ」

抗議しようとしたウルの唇を、間髪入れずに塞ぐ。
唇を重ねたまま華奢な少年の身体を抱き上げ、ベッドへと運んだ。

「うわっ…ちょっとウォレスッ!」

ベッドへ押し倒され首筋にウォレスの吐息を感じながら、ウルは慌てて逃れようとする。
しかしなんとかウォレスを押し退けようと伸ばした手は掴み取られ、身体全体で抑え込まれ、
ウルは完全に逃げ場を失った。焦りまくるウルの耳に、ウォレスの不敵な声が響く。

「素直じゃないお子様には、仕置きが必要だろ?」

目を丸くするウルの様子に笑って見せて、ウォレスは再び可愛い恋人へ口付けた。



この日、領主の館の一室はいつまでも明かりが消えなかったそうな。




 あとがき ∋


相互リンクの際にリクエストしてしまったウル君の小説ですv

見事に私のツボに入る可愛らしさで思わず誘拐したくなります!!(ダメです)
暗いのが苦手なんですねvvv
私も暗闇に紛れて色んなことをしたいです!
こんな可愛らしい恋人を持つウォレスは幸せ者に間違いない!!(握り拳)
個人的に執事の
エルディナントが気に入ってます。
この後に一体何があったかは言わないお・約・束☆ですかね?(笑)



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